アクトペディア4

  1. 嫦娥医療センター
    “センター”という通称で親しまれる総合病院。
    小さな開業医は点在する『嫦娥町』だが、総合病院と呼べる大規模な病院は、この病院だけである。
    元々、『嫦娥町』が“町”になる前から存在した一番古い病院なのだが、町の発展と共に増床。
    大病院と呼べるほどのものへと変わった。

    院長は『櫛名田重次』。
    その他、優秀な医者も揃っており、この辺りで病院というと、ほぼこの病院のことを指すほど利用者が多い。
    医師、看護師を合わせると、30名ほどが働いている。
    大病院にしては、従業員数が極端に少ない印象を受ける。

    また、『カプセル』という特殊な薬を扱っているのも、この病院だけである。
    五十鈴の話では、『八朔』のエキスの入った栄養剤のようなもので、この町の住人は、ほとんどの人が服用しているとのこと。

    都会の病院にも負けないほど設備の整った病院だが、顔なじみの開業医感覚でもあるかのように、融通が利くところもある。
    それでいて決していい加減ではないので、住人の信頼も厚い。

    この病院には焼却施設がある。
    普段は廃材やらを燃やす焼却施設だが、処刑された『不埒者』や非合法に処分しなければならない遺体を燃やす際にも使用される。
    焼却施設に取り付けられた煙突は老朽化のためか、使用の際には獣の唸り声のような音が鳴り、町中に響き渡る。
    それはまるで、狼の遠吠えのようでもある。

    町の都市化と共に、現在は総合病院として機能しているが元々は『神人』たちのための病院。
    主に、『神人』の『衝動』に対する治療が行われている。
    医師、看護師、清掃員にいたるまで、ここで働く従業員は事情を知る『神人』のみで構成されている。

    病院内には、旧病院時代の旧病棟が存在する。
    住人の怪談や噂話に上る程度で、その存在は『神人』であっても一部の人間にしか知られていない。
    旧病棟の地下には、『座敷牢』が設けられている。

    表だって知られてはいないが、病棟は『神人』用の病棟と『神堕人』用の病棟とに分かれている。
  2. 私立嫦娥高等学校
    『九澄博士』が転校することになった、私立の高等学校。
    『旧市街』と『新市街』の境界辺りの場所にある。
    古くからこの『嫦娥町』にある学校だったが、人口の増加と共に突貫で増築を繰り返したため、デコボコな校舎が特徴。
    1クラスは30人前後で、1学年に5クラスある。
    都会にある学校と変わりなく、購買も存在する。
  3. 町立嫦娥朔間小学校
    『九澄マナ』の通うことになった小学校。
    『九澄博士』の通うことになった『私立嫦娥高等学校』とは比較的距離が近く、15分程度で行き来できる。
    そのため、マナが登校する際は、博士が送っていくことが多い。
    マナとしては、博士のそんな過保護な行いが、煩わしくもあるようだ。
  4. 私立嫦娥大学
    『嫦娥町』唯一の大学。
    規模に似合わず医学部が存在し、ほかの大学の医学部に負けないだけの設備が整っている。
    『嫦娥町』の中で優秀な者はその医学部に進み、インターンとして『嫦娥医療センター』に身を置くケースが多い。
    これから人口の増加をたどる『嫦娥町』にとって、医学というものが重要視されているのであろう。
  5. 博士の通っていた学校
    都内にある私立の高等学校。
    男女共学で、進学校として知られ、学力は都内でも上位クラス。
    校内設備、環境も行き届いており、父兄からの人気も高い。
    だがその分、学費は高いことで有名。

    猛勉強だった末、ようやくこの難関校へと入学できた博士だったが、家庭の事情で『私立嫦娥高等学校』へと転校することとなった。
    博士がこの高校を選んだ理由は特になく、ただ“この高校に入ることができればいいな”程度の考え。
    強いてあげれば、“ハカセ”というあだ名に対する反発でだったら文字通り頭のいい学校に入ってやろうじゃないか程度のこと。
    “将来何がやりたいのか”“自分の進む道は何なのか”そういった考えには至っておらず、ただ何となくの進路選択だったため、まるっきり未練がないわけではないが、転校に対して特にわだかまりはない様子。

    正明は博士に、都内に残りこの高校に通うことを勧めたが博士は家族と共に『嫦娥町』に移り住むことを選択する。
    自分一人だけで暮らすとなると、金銭的にも負担がかかる。
    九澄家の家庭の事情も理解しているため、自分の意思を押しとどめた部分もあるのかもしれない。
  6. 大神様の社
    山の中腹にある『大神様』を祀る社。
    江戸中期に作られたものとされ、『嫦娥町』の住民たちに親しまれ、長年大切にされてきた存在。

    お社の後ろには扉が設けられており、固く閉ざされている。
    一般人はみだりに立ち入ることが禁じられている。
    扉の奥は洞窟が続いており、山の中央近くまで続いているという。
  7. 神域
    『白狼観音』を送り出すとされる、聖域。
    『白狼観音』は、そこで『大神様』に仕え、穏やかに暮らすのだといわれている。

    『白狼観音』が、残りの余生を心穏やかに過ごすことができるよう設けられた施設。
    俗世との関わりは、ほぼ完全に遮断されている。
    隔離病棟に近い存在と言っても良い。
  8. 清流
    『嫦娥町』の山の麓にあるターミナルから、山林の車道を少しばかり走ったところにある河原。
    『大神様の社』や滝まで続いている歩道の脇に流れる川よりも上流にある。
    さらに上流には、近年ダムが設けられた。

    水質は至って清涼で、生息する魚も多い。
    夏の休日ともなると、バーベキューや川遊びに訪れる家族連れも多く、住民のレジャースポットとなっている。
    もう少し山奥へと行けば、熊などの野生動物もいるとのことだが、人の気配のある場所へはほとんど降りてくることはない。
    随分昔には狼(この地特有の種で、『嫦娥狼』と呼ばれていた)の姿も見られたが、今では絶滅したとされている。
  9. 八朔
    蜜柑の一品種。
    “八朔”とは“八月朔日”の略で“朔日”とは“一日”。
    旧暦の八月一日(新暦の八月下旬頃)には食べられると言われたことから、そう名付けられたというのが定説となっている。
    しかし八朔の出荷時期は春頃とされ、八月下旬頃ではまだ果実は小さく、食べるには早すぎる。

    『嫦娥町』のあちらこちらで目を引く八朔の木。
    家の庭先はおろか、街路樹にまで使用されているので、町の中は八朔の香りで満ちており、まるで町が八朔の木で埋め尽くされているような印象を受ける。
    この『嫦娥町』の名産品らしく、八朔の栽培はこの町の中核産業となっている。
    昔からこの『嫦娥町』は八朔との関わりが深かったのだが八朔の出荷が本格的になるのは戦後からのこと。
    八朔を加工して、食品(ジャム・お菓子類)や香料系製品(アロマグッズ・石鹸類)などを製造している。
    『嫦娥町』に広大な農園はなく、町中の色々な箇所で栽培しているため、外部の人間からすると単なる庭木かと錯覚してしまうことも多い。
    町と馴染みの深い木なのか、町の人々にはかなり大切に扱われている。

    この町の八朔は質が高く市場では高値で取引されている。
    全国の都市に出荷できる特産品として、高級感の地位を確立している。
    オオカミの着ぐるみと八朔という、組み合わせのよくわからないCMでお馴染みなほど、その知名度は高い。

    ビニールハウス栽培等々の技術も進み、年中栽培が行われているため、この町で八朔は、いつでも容易に手に入ることができる。
    この町の八朔は高級品だが、町内ではスーパーなどで、安価で入手が可能。

    今年は不作が続いており、『八朔祭り』にも影響しそうな状況である。
    『凶月』というものが影響している可能性が高い。

    『神人』の暴走衝動を抑える働きが、八朔には宿っているという。
    そのため、『嫦娥町』の住民は八朔を非常に大事にし、名産といわれるほど、町のあちこちで大量の八朔が栽培されている。

    『嫦娥町』で育った八朔でなければ、薬としての効能は薄い。
    この嫦娥の土地自体に、その秘密が隠されているのではないかとされている。
  10. 嫦娥紬
    この町で、江戸時代から昭和初期頃まで脈々と営まれていたとされる地場産業は、着物に使用するための絹糸の染と織であった。
    “嫦娥紬”と呼ばれた着物は、独特の光沢を放つ黒褐色と滑らかな手触りで人気を博した。
    都市部へ出荷していたため町(当時は村)の産業は活況を呈し、村のほとんどが『八朔』の栽培とこの織物の仕事に従事していた。

    現在の主産業は『八朔』の栽培がその大半となっており、“嫦娥紬”はほとんど作られていない。
    この染織に関しては謎が多く、詳しい事情を知る者は住民の中でも少数となっている。
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